監督交代、及び 代表取締役社長交代のお知らせ

2017.06.14

このたび、ロアッソ熊本トップチームのスタッフについて、清川浩行氏から池谷友良に監督を交代することが決定いたしましたのでお知らせいたします。
なお、池谷友良は6月12日をもちまして代表取締役社長を退任し、永田求代表取締役会長が株式会社アスリートクラブ熊本の代表取締役会長兼社長となります。
また、財前恵一ヘッドコーチも退任いたしますので、併せてお知らせいたします。

清川浩行氏

【生年月日】1967年6月3日
【出身】北海道
【サッカー歴】函館有斗高校~日立製作所(現 柏レイソル)
【指導歴】
 1995年~1998年 柏レイソルU-15 コーチ
 1998年~2001年 柏レイソルU-15 監督
 2001年~2003年 柏レイソルU-15 コーチ
 2003年~2004年 柏レイソルU-15 監督
 2004年~2005年 柏レイソルU-15 ヘッドコーチ
 2005年~2007年 柏レイソルU-18 監督
 2007年 柏レイソル普及部 コーチ
 2008年 柏レイソル普及部チーフ(ユースマスター)
 2009年 柏レイソルユースマスター 兼 U-18 監督
 2010年~2015年 ロアッソ熊本ヘッドコーチ
 2016年~2017年6月 ロアッソ熊本監督
【監督成績】
 2016シーズン J2リーグ 12勝10分20敗 勝点46 16位、天皇杯 2回戦敗退
 2017シーズン J2リーグ 4勝3分11敗 勝点15 19位(6/14現在)
【コメント】
ファン、サポーターの皆様、スポンサー、株主の皆様、クラブを支えていただいている全ての皆様、いつもチームを後押しするご声援をいただき、誠にありがとうございます。
2010年からロアッソ熊本でお世話になり、昨年から監督に就任し、チームの目標でもある「J1昇格」へ向けて、チームスタッフ、選手達と共に挑んできましたが、皆様のご期待に応えることができませんでした。また、昨年の熊本地震の際には、全国の皆様がチームを支えていただいたこと、心より感謝しています。
私はクラブを去ることになりましたが、これからもロアッソ熊本へのご声援をどうぞよろしくお願いいたします。

財前恵一氏

【生年月日】1968年6月17日
【出身地】北海道室蘭市
【選手歴】室蘭大谷高校~日産フットボールクラブ(横浜マリノス)~柏レイソル~コンサドーレ札幌
【指導歴】
 1997年~1998年 コンサドーレ札幌ユース・U-15 コーチ
 1999年~2000年 コンサドーレ札幌ユース・U-18 コーチ
 2001年~2003年 コンサドーレ札幌ユース・U-18 監督
 2004年~2006年 コンサドーレ札幌トップチーム コーチ
 2007年~2009年 コンサドーレ札幌ユース・U-18 コーチ
 2010年~2011年 アビスパ福岡U-13 監督
 2011年~2012年 アビスパ福岡U-18 監督
 2013年~2014年8月 コンサドーレ札幌 監督
 2015年 ロアッソ熊本ユース 監督
 2016年~2017年6月 ロアッソ熊本トップチームヘッドコーチ

池谷友良(いけや ともよし) 監督

【生年月日】1962年6月17日
【出身】静岡県浜松市
【サッカー歴】浜名高校~中央大学~日立製作所(現 柏レイソル)
【経歴】
 1992年~1995年7月 日立製作所/柏レイソル サテライトコーチ
 1995年8月~1996年 柏レイソル ヘッドコーチ
 1997年~2001年 柏レイソル コーチ
 2002年1月~2002年7月 柏レイソル ヘッドコーチ
 2002年8月~2002年12月 柏レイソル 監督
 2003年 柏レイソル ユーススクールマスター
2003年3月~2003年12月 U-15日本代表コーチ
2004年1月~2004年7月 柏レイソル 監督
2005年~2008年12月 ロッソ熊本/ロアッソ熊本 監督
 2008年8月~2012年3月 ロアッソ熊本 ゼネラルマネージャー(GM)
 2009年5月~2012年2月 株式会社アスリートクラブ熊本 取締役
 2012年3月~2013年7月 株式会社アスリートクラブ熊本 代表取締役社長
 2013年7月~2013年12月 ロアッソ熊本 監督
 2014年~2016年6月 株式会社アスリートクラブ熊本 代表取締役社長
【会見のコメント】
このたび、監督就任という決断をさせていただきました。これまで社長として、このような状況に至ったことに責任を感じていますし、現場との修正、浮上、改善を1ヶ月強、チームと強化部とでやってきたなかで、なかなか思うように進んでいかず、強化部から提案を受けて、クラブが(監督を)変えるという決断をさせていただきました。
清川監督、財前ヘッドコーチには、昨年、良いスタートをきってワクワク感があるなかで熊本地震を経験して、最後には価値のある残留を決めてくれたと思います。今年は新たなスタートで目標を掲げて進んできましたが、思うようにいかず、このような決断になりました。
今回、監督のオファーをいただいたが、簡単には決められなかった。外部招聘などいろんな選択肢のなかで探ってきましたけれど、退路を断つという決断をさせていただきました。これは2013年の時とは違って、以前は半期、暫定的に監督を務めて社長に戻るということで指揮を執りましたが、今回は社長を退いて現場一本でやらせていただきたい。それは選手、スタッフ、前監督・ヘッドコーチへのリスペクトでもありますし、選手と対峙するなかで同じ状況下でやるべきだろうという決断をしました。自分のなかでも最初は不安材料がありました。このような話が出るなか、自分に約1ヶ月問いかけをしてきました。現場を離れているなかで、経営という立ち位置、いつも勝負にはこだわっているんですが、負けが多いチームをやっていくなかで、難しさがあるということ、(負けに)慣れていくこと、それに対して言い訳をしていくもの、そういうものが自分のなかに混在していたと自分自身思います。経営とチームは違う部分があるので、その思いをもう一度かき立てていく作業、決断が1ヶ月くらいかかりました。熱量を自分のなかに呼び覚ましてきました。それが自分のなかでMAXに達したなかで決断をしましたが、選手と対峙するなかで、誰よりも勝ちに対して、負けることに対して、この熱量・悔しさ、勝つことの喜びを自分で表現できるのかが自分のなかで大事だと思っています。戦術はポジショニングなどがあるので変化は付けられると思いますが、一番変えなければいけないところは負けに慣れているというメンタリティーだと思います。そのこだわりを誰よりも私自身が持ち、いろいろな部分にこだわって選手と共に歩んでいきたいと思っています。
今朝ミーティングで、いろいろなこだわりをもってやりたい、守備ということであれば、ハードワーク、勝負にこだわる、戦うことは基本ベースでやる、ポジショニングもあの辺、この辺ではなく、ここ、あそこ、そういうところまでこだわってやっていきたい、そのなかで最善を尽くしたポジショニングがあって、最善を尽くした対応があって、最後に失点する・ゴールを決める、どこまでこだわっていけるのか、そのこだわりを毎日毎日突き詰めていきましょうと伝えました。そのためには厳しいことも言いますし、でも最後は個の戦いになるので、どんなに良いポジションを取っても最後は個にやられる、でもそれはすぐに改善できることではありませんが、そこまで突き詰めていこうという話をしました。
次の試合までに全部を落とし込むことは難しいかもしれませんが、明確にテーマを決めてやっていく、気持ちを奮い立たせていきたい。選手たちには「俺たちは負けぐみになってはいけない、勝つということを目指しましょう!」と言いました。どれだけできるか分かりませんが、このクラブに対する情熱は誰にも負けない、この覚悟を持って今回やらせていただきたいと思います。日頃から皆さんのご協力があって、このクラブは在ります。これからも厳しい目も温かい目もあれば嬉しいですし、クラブの理念を達成するためにも、自分なりに決断をして、監督という立場に戻るという決断をしたことをご了解いただければと思います。これを少しでも感じ取れるようなチームを構築していきたいと思います。まずチームが一つになって同じ目標に向かって戦っていく姿を皆さんに見ていただければと思いますので、今後もどうぞよろしくお願いいたします。

永田 求(ながた もとむ)代表取締役会長兼社長

【生年月日】1950年12月30日
【出身】熊本県熊本市
【経歴】
 1974年 株式会社 片岡 入社
 1991年~株式会社 片岡 代表取締役社長
 2004年12月 株式会社アスリートクラブ熊本 取締役
 2012年3月~ 株式会社アスリートクラブ熊本 代表取締役会長
【会見のコメント】
リーグ戦18節での成績をみるなかで、危機感を持っております。この1ヶ月、強化部とも今後どうしていくかという話をしていました。そのなかで6月13日に清川監督、財前ヘッドコーチを解任し、また次期監督について、内部昇格または外部からの招聘で動いていました。そのなかで今のベストな選択は、池谷社長に監督を務めていただくということになりました。2013 年にもシーズン途中で池谷社長が監督としてチームを率いたことがありました。あの時と今と私たちが考えている状況は全く違うと考えています。その当時は監督として暫定的に指揮を執るという形でやってもらいましたが、今回は監督に専任ということになりますので、期間もいつまでという形で決めておりません。会社は私が社長を兼務する形でやります。
清川前監督には昨年の震災の状況のなかでチームをまとめていただき、非常に感謝をしております。ただ今期をみるなかで、どうしてもロアッソ熊本を残す為にも我々は決断をしなければいけませんでした。